「しゃもじのほう、取ってもらえますか」

  • 朝日新聞の週刊誌「アエラ」に「『〜のほう』連発、バイト敬語の変」という記事を見つけた。
     「お席のほうご案内します」「お飲物のほう何にしますか」と、ファミレスやコンビニなどの営業トークで最近やたら耳にするのだという。
     文化庁の調査でも十代、二十代で五〇%近く、三十代三八%、六十歳以上でも二二%が使うと答えたとか。
     記事では「ぼかして上品な感じを出す」商業敬語のひとつと認定しているが、要するに婉曲表現なのだろう。
  • 日本では昔から直接ものを名指さず、あいまいにぼかして言うのを好む婉曲表現の伝統がある。
     その典型が「ひもじい」という言葉だといっても、ピンとは来ないだろう。「ひもじい」という言葉自体、この飽食の世の中では実感しにくい死語に近い。ダイエット中の若い女性が「腹減った」というのとは、ちょっと語感が違う。主として経済的な事情で、食べたくても食べられないことから来る飢餓感とでも言ったらいいか。
  • じつは、この「ひもじい」が婉曲表現なのである。
     本来の露骨な言い方は「ひだるい」。漢字を当てると「饑い」となる。文字通り餓えていることである。今どきの女性ならストレートに「腹減った」、あるいは多少は柔らかく「おなかが空いたわ」というところだが、昔の、とりわけ宮中などに勤める位の高い女性は、間違っても「ひだるいわ」などとストレートにいうことははばかられた。
     そこで「『ひ』なのよ、『ひ』。『ひ』の文字だわ」と訴えたらしい。
  • 「ひの文字」すなわち「ひもじ」が「ひだるい」ことを遠回しにいう婉曲表現として定着し、「ひもじい」という言葉ができたのである。
     これはいいというので、彼女たちは何でも「文字」をつけて言うようになった。姉のことは「あもじ」、エビは「えもじ」、ニンニクは「にもじ」で、腰巻き(湯巻き)は「ゆもじ」。寿司は「すもじ」または丁寧に御をつけて「おすもじ」、忙しいのよは「いそもじ」だし、好いたお方は「すいもじ」、恥ずかしければ「おはもじ」、誰かにお目にかかるのは「おめもじ」という具合。
     栄養が全身に回って腰の重くなった古女房に「ちょっと、あんた。そこのしゃもじ取ってよ」と言われれば、むっとしないではないが、これも昔は立派な婉曲表現。杓子(しゃくし)というべきところを、「しゃの文字」「しゃもじ」といったのである。そう考えれば……やっぱり「怒文字」ですかね。
  • 「〜もじ」と語尾に「もじ」のつく言い方は女房言葉の一部であり、文字言葉ともいわれる。
     今風にいえば仲間内の業界用語みたいなものだろう。「〜のほう」も発想は文字言葉と同じ、あいまいにぼかす日本の伝統を引いているが、杓子をしゃもじと言い換える技巧をこらした優雅さと比べ、あまりに即物的ワンパターンな表現で、さて、いつまで残ることやら。(群星昴=むるぶし・すばる)