禿は実の後

  • 七日が立冬。
     暦の上だけでなく、寒さの身に染む季節だが、最近、寒さは頭から襲う。
     昨春、ホトトギスの「てっぺんかけたか」の声が耳につくと思ったら、梅雨には雨の降り出しを頭で感じ、夏には日光が頭の地肌を焼いた。
     「その声で人を笑うかほととぎす」。
     頭の天辺が薄くなっていたのだ。
  • はげ頭、禿頭……
     「禿」の字は禾(稲)の実が落ちた後の空虚になった部分の象形だという。
     禾は花が咲いて「秀」になり、実って「穆(ぼく)」となり、実が抜け落ちて「禿」になるそうだ。
  • 「秀と禿と字形は似ているが、秀は実の前、禿は実の後である」と辞典の記述は冷たい。
     そうか、籾殻頭か。
     憮然としてアートネイチャーのCMを見ても、実のない頭ではなあ、と説得力を欠く。
  • 髪の毛はあきらめるしかないが、せめて頭の中身を「穆」にしなければ。
     そう思って本を読もうと探し始めたのだが、どこにしまったか見つからない。
     「おい、あの本どこに行った?」
     「呆けちゃったんじゃないの、あんた」 (群星)

  • 「梁塵文庫」 創刊します  ⇒ 梁塵文庫
     第一弾は『生きている間に/世紀末コラム』(石田修大著、六〇〇円)。
     続いて『テレビのおかげ』『猫っ句』(仮題)などを予定。
     昭和庶民の暮らし、つぶやきを拾っていくつもりです。